可児市立蘇南中学校2年生音楽会

試された「最上級生への資格」



 2012(平成24)年1月18日午後,可児市文化創造センター(岐阜県可児市下恵土)主劇場において,可児市立蘇南中学校(同市今渡)の2年生の音楽会が開催された。
 筆者が同校の合唱を鑑賞するのは,2日前に開催された3年生の音楽会,そして同日の午前に開催された1年生の音楽会に引き続いてである。したがって,今年度は同校の全学年の音楽会に足を運んだことになる。鑑賞した曲数は,発声練習や職員合唱も含めると都合31曲であった。「響力のfff (フォルティッシシモ)」というスローガンの下,各学級で取り組んできた合唱を披露した。


2年4組  「明日に渡れ
2年6組  「明日へ

2年7組  「君とみた海
2年8組  「明日へ

2年2組  「君とみた海
2年5組  「モルダウ

2年1組  「HEIWAの鐘
2年3組  「春に

2年生  「時の旅人



3年生を越えた迫力
 今回,2年生の合唱を鑑賞したわけだが,前年度の1年生の音楽会にも足を運んでいるため,この学年の合唱を鑑賞するのは1年ぶりとなる(前年度の音楽会についてはこちらを参照)。実は,本年度の音楽会の中で特に期待していたのがこの2年生であった。なぜならば,1年生だった前年度の合唱が,大変感動的であったため,2年生に成長した彼らがどのような合唱を披露してくれるのか,非常に関心があったからである。

 実際の合唱は,筆者の期待に応えるような非常に素晴らしい合唱であった。1年生や3年生以上に感動的であったと断言しても過言ではない。なかんずく,最後に披露された学年合唱「時の旅人」には深く感動させられた。直前までの各学級の合唱も素晴らしかっただけに,全ての学級の団結力や絆が結集された学年合唱も感動的な合唱になるに違いないと確信していたのである。人数では3年生よりもやや少ないものの,3年生以上の迫力に圧倒させられた


彷彿させた「そのままの君で」
 まず,冒頭の「めぐるめぐる風」の「ぜー」の部分の各パートの重なりが美しく,とりわけアルトの響きからは力強さの中にも柔らかさ,温かさが感じられた。この各パートのハーモニーは,決して一部の者だけでなく,一人ひとりがきちんと声を出しているからこそ生み出された響きなのだろう。
 この学年合唱を聴きながら,1年生だった前年度の学年合唱「そのままの君で」を反芻(はんすう)していた。「そのままの君で」では,冒頭の「約束しようぼくらは」の「はー」の部分の声の重なりの美しさに感動したのだが,まさに今回もその時と同様であった。
 また,この「時の旅人」という曲は,曲名からも連想できるように,過去→現在→未来という時間の旅をテーマにした曲である。過去の自分を回想している部分の中に「幼い日の手のぬくもりが帰ってくる」という歌詞がある。この部分はアルトと男声が主旋律となり,ソプラノは「ウー」と歌うのだが,この中の「るー」の部分の男声とソプラノのハーモニーがとりわけ美しかった。加えて,この回想部の8小節は,やや速度を落として歌うことになっており,楽譜には「急がずに 語るように」と示されているが,それが見事に表現できていた。
 さらに,男声の「なつかしいあの日に会いにゆこう」の「ゆこう」,「ぼくらは時の旅人」の「時の」の部分からは,横溢したエネルギーを放出させるような力強さが感じられたほか,最後の「ラー」の部分の各パートのハーモニーとその直後の残響が印象的であった。

 2年生は,3ヵ月後に3年生になるわけだが,今回の合唱を鑑賞し,蘇南中学校の最上級生となる資格を十分に備えている学年であると実感した。3年生を凌駕(りょうが)した,まさに“伝説の学年”である。
 終演後,筆者は感動の余韻(よいん)に浸りつつ,翌年度,3年生に成長した彼らの合唱に大いなる期待を抱き,会場を後にした。前年に引き続き,素晴らしい合唱を聴かせてくださった2年生の皆様に対し,深謝申し上げたい。


時間的問題と空間的問題
 ところで,全校生徒が一堂に会して音楽会や合唱祭を開催している学校が圧倒的に多い中,蘇南中学校が学年別に音楽会を開催しているのは,やはり生徒数が岐阜県下の中学校の中では最多の900名超で,1学年8〜9学級の大規模な中学校であることが最大の理由であろう。したがって,全校生徒が一堂に会して1日で音楽会を開催することは時間的に困難であると考えているからだと思われる。しかし,本当にそうなのだろうか。短絡を覚悟で申し上げれば,時間的な問題というのはそもそも存在していないと考えている。すなわち,全学年の音楽会を1日で開催することは可能なのである。
 他校の例を紹介すると,1学年7学級の中学校の場合,午前中に1,2年生の学級・学年合唱,午後に3年生の学級・学年合唱を行っていた。また1学年6学級の学校では,午後に全学年の学級合唱を行っていた。学年合唱は,時間的な都合のためか,3年生のみ行っていた。また1学年5学級の学校では,午前中に全学年の学級・学年合唱を行っていた。その代わり,開演時刻が午前8時15分と早めであった。

 仮に蘇南中学校が1日で全学年の音楽会を開催する場合,どのようなプログラムが考えられるだろうか。例えば午前9時頃に開演した場合,午前中に1,2年生の学級合唱を行う。休憩時間は1年生と2年生の間の1回のみ10分程度設ける。そして2年生の学級合唱の終了後,正午〜午後1時頃に控え室で昼食をとる。生徒や教職員は持参してきた弁当を食べれば良いだろう(教職員は仕出し弁当を注文するケースが多いようである)。また,保護者は館内のレストランを利用すれば良いだろうし,時間に余裕があれば隣接する回転寿司店等へ足を伸ばしてみるのも良いだろう。一方,自分の子供の出演が午前中に済んでいれば,午後の部まで残らずに帰宅,もしくは午後から出勤という者もいるだろう。他方,自分の子供以外の学級の合唱にも関心を持ち,午後まで残るという熱狂的な保護者の存在も予想される。
 そして,昼食後に3年生の学級合唱を行えば,午後3時までには終演できる。時間に余裕があれば,3年生の合唱の後に各学年の学年合唱を行えば良いだろう。学年合唱だけ午後にまとめて行うことの利点は,午前中に仕事等で都合の悪かった1,2年生の保護者にも,自分の子供の合唱を聴く機会が与えられている,ということである。なお,個人的には時間の許す限り,学年合唱は積極的に行うべきであると考えている。中学校において学年合唱がどれほど意義のあるものであるかについては,拙稿「学年合唱の有用性」を参照されたい。

 このように,開演時刻を繰り上げたり,休憩時間を削減したり,移動に時間を要する学年合唱を割愛したりすれば,時間的な問題は決してクリアできなくはない。したがって,全学年の音楽会を1日で開催することは可能なのである。
 しかしながら,時間的な問題はクリアしていても,依然としてクリアしていない問題が存在する。それは,保護者の分も含めた会場の座席が十分に確保できないという空間的な問題である。
 これは,時間的な問題以上に複雑な問題である。可児市文化創造センターの主劇場には約1,000席の座席があるが,生徒だけでも900名を超えるため,保護者席が不足してしまうのである。


他校の事例
 この問題を考える上での参考として,岐阜市のある中学校の例を紹介する。全校生徒約550名のその学校は,定員約700名のホールにおいて合唱祭を開催している。その学校は生徒数の増加が著しく,この5年間で約100名増のスピードである。以前は保護者の分の座席も十分に確保できていたのだが,やがて通路で立見を余儀なくされる保護者の数が,着席している保護者の数を上回るようになった。音楽ホールで立見をするということは,地震や火災等の発生時の避難経路を塞ぐという理由で,消防法という法律でも禁じられている。学校側は,自分の子供の出演が終わったら他の保護者に席を譲るよう促す,事実上の「退場勧告」で立見客の排除を図るも改善せず,結局その学校は,保護者の入場を認めない形で合唱祭を存続させることを決めた
 会場を学校の体育館もしくは別のホールに変更するという選択肢もあったそうだが,従来のホールでの存続を優先させた最大の理由は,そのホールが岐阜県の音楽ホールの中ではトップクラスの音響を誇るサラマンカホールであるためだ。PTA側からも「保護者は入場できなくても,子ども達に音響の優れたホールで合唱させたい」という意向が示され,合意に至ったようである。


「音響」追求の妥当性
 さて,今後の蘇南中学校の音楽会は,どのような形態が望ましいのだろうか。想定される選択肢は3つあると考えている。1つ目は,生徒らの成長した姿を保護者に対して合唱を通して披露するために,現在のように学年別に音楽会を開催する形態である。
 2つ目は,1,2年生にとっては3年生の先輩の合唱に憧れ,3年生にとっては1,2年生の後輩に合唱の伝統を伝える機会とするために,全校生徒が一堂に会して音楽会を開催する形態である。ただし,この選択肢を採る場合は先述の通り,保護者の入場は不可能となる。
 3つ目は,1つ目と2つ目の選択肢の折衷案である。すなわち,立見も含めて保護者の入場が可能となり,かつ全校生徒が一堂に会して開催できる形態である。ただし,この選択肢を採る場合,会場は可児市文化創造センターではなく,学校の体育館への変更という「英断」が迫られる
 個人的にはこの3つ目の選択肢を支持したいのだが,ここで新たに考えなければならないのは,音楽会を可児市文化創造センターにおいて開催することの妥当性である。すなわち,音楽会において一義的に求めるものが「音響」で良いのかどうか,ということである。

 周知の通り,同センターの主劇場は,音響に優れた音楽専用のホールであり,学校の体育館はもちろん,市民会館や文化会館にあるような多目的ホールに比べれば音の響きははるかに良い。屋外も含めて様々な会場で合唱を鑑賞してきた筆者に言わせれば,同センターは岐阜県下でも屈指の水準であると断言できる。
 しかしながら,音楽会において最優先にすべきは,やはり「音響」ではないはずだ。どんなに音響の優れた施設を提供されても,全員の心をひとつにした合唱でなければ,決して感動は与えられない。つまり,音響効果というハード面に頼るあまり,肝心の合唱というソフト面の強化が等閑(なおざり)にされてしまうことがあってはならないということである。
 逆に,たとえ音響が良くない施設であっても,全員の心をひとつにした一体感のある合唱であれば,感動は与えられるに違いない。すなわち,たとえハード面が万全でなくても,ソフト面が充実していれば,感動を与えることは十分に可能なのである。したがって,音楽会を同センターにおいて開催することに固執するのは,(あなが)ち妥当とは言えないのである。


音楽会の本義
 蘇南中学校が音楽会の会場に同センターを利用しているのも,そうした音響に優れたホールが,学校から徒歩でも行くことができるという好立地にあるためだと思われるが,そうだとすればそれはいささか短絡的かつ近視眼的であると言わざるを得ない。音響と保護者の入場を優先した結果,学年別での開催を余儀なくされ,「先輩から後輩へ合唱の伝統を継承する」という,大局的な目的を実現させる機会を失ってしまったのだ。
 もっとも,後輩が先輩の合唱を聴く機会というのは音楽会以外にもあり,同校でも学年の枠を越えた合唱交流が行われているため,伝統を伝え,受け継ぐという機会が全くないわけではない。加えて,3年生の音楽会へは2年生が合唱を聴きに来ており,後輩が先輩の合唱から学ぶ機会は与えられている。しかし,逆に2年生の音楽会へは3年生は来ていなかったため,先輩が後輩に伝統を伝える機会はあっても,それがどのように伝わったか確認する機会まではない。さらに,本来であれば2年生だけでなく1年生も3年生の合唱を聴きに来なければならないはずだが,それを不可能にしているのは,やはり座席数が足らないからだろう。

 日常の合唱交流等ではなく,学校行事という公の場において「先輩から後輩へ合唱の伝統を継承する」という大局的な目的を実現させるためには,やはり1年生から3年生までの全校生徒が一堂に会することが不可欠であろう。学年の枠を越え,お互いの学級が合唱を通して交流するという環境を調えることがまず第一であり,保護者の入場の可否は二の次でなければならない。
 ただ,個人的には保護者の入場に関しては,特段の事情がない限り,積極的に認めるべきであると考えている。保護者のみならず,地域住民にも広く公開することは,地域に根差した開かれた学校をつくる上で重要だからである。また,合唱する生徒らにとっても,来場してくださった人々の存在は励みになることだろう。


問われる大局観
 先述の通り,時間的な問題はすでにクリアされているため,全学年の音楽会を1日で行うことは可能である。しかし,可児市文化創造センターでの開催に固執すれば,現在のように学年別での開催,もしくは事例として挙げたような,全校一堂に会する代わりに保護者の入場を認めない形での開催のいずれかを余儀なくされる。
 以上のような問題を解決するために提案したいのが,先に紹介した折衷案である。つまり,立見も含めて保護者の入場が可能となり,かつ全校生徒が一堂に会して開催できるようにするために,会場を学校の体育館へ変更することを強く要望したい。この「奇論」とも言える大胆な改革案に対しては異論もあるだろうが,大局的に考えれば自ずとこの奇論こそ,実は正論であることが理解していただけると確信している。

 それでもなお蘇南中学校が可児市文化創造センターに拘泥(こうでい)し続けるのであれば,最後の望みは「学校分離」しかないだろう。同校の生徒数は増加傾向にあるため,将来的には単独での存続は困難となることが予想され,体育館の収容能力も限界に達するだろう。現在でもすでに900名を越えており,分離を検討するには申し分のない数である。仮に分離後の同校の生徒数が700名未満になれば,同センターにおいて全校生徒に加えて保護者も一堂に会して音楽会を開催することが可能となる。

 果たして蘇南中学校は,大局観に基づいた「英断」ができるのか――。それとも,旧態依然とした近視眼的な論理を踏襲し続けるのか――。蘇南中学校は,運命の岐路に立たされている。


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【最終更新】2016年5月1日