羽島市立正木小学校合唱披露

多様性の中で育まれた一体性



 2015(平成27)年2月22日,羽島市立正木小学校(岐阜県羽島市正木町坂丸)体育館において,同小学校区の地元住民が日頃の文化活動の成果を発表する「まさき夢まつり」が開催された。この中で同校の4〜6年生による学年合唱が披露された。筆者が同校の合唱を鑑賞するのは,前年の「まさき夢まつり」以来,1年ぶりである。
 同校は岐阜県下の小学校の中では児童数が最多の約1000名。1学年だけでも5学級,約160名を擁する大所帯である(ただし,当日は日曜日ということもあるためだろう,実際の出演者は各学年8〜9割程度であり,後述の講評の中で示す各学年の人数は筆者が数えた実際の出演者の概数である)。各学年の合唱では,大人数だからこそ生まれる迫力のある声量に圧倒させられたのは言うまでもない。だが,数々の小学校の合唱を鑑賞してきた筆者にとって,それ以上に圧倒させられたのは,他校が一目置(いちもくお)かなければならないほどの合唱に対する並外れた熱意,卓越した技術力,そして合唱の本質とも言うべき「一体性」であった。
 正木小学校の合唱は,筆者のように遠方からわざわざ足を運んででも聴く価値のある,非常に感動的な合唱で,同校は筆者がこれまでに鑑賞してきた岐阜県下の小学校の中でも傑出(けっしゅつ)した存在であると断言しても過言ではない


4年生
気球に乗ってどこまでも
 4年生約130名による二部合唱。登壇後,準備の都合により約4分間の待機を強いられたが,私語がほとんどなく,適度な緊張感を保ちながら直立不動の姿勢で待つことができており,直後の合唱に期待を持たせてくれた。
 「気球に乗ってどこまでも」は昭和49年度のNHK全国学校音楽コンクールの小学校の部の課題曲。Nコン課題曲の中では今でも歌い継がれている数少ない曲の1つと言えよう。近年,この曲を披露する小学校が減ってきたため,筆者も久しぶりに聴いた。最近の曲だけでなく,昔から歌い継がれる名曲にも注目してくれたのが良い。
 合唱では出だしから全員の視線が指揮者に集中しており,ブレスのタイミングも一体的だった。「気球」,「宇宙」などの母音「う」が明瞭に発音できていた。表情が非常に明るく,大きな口で一生懸命に歌う児童が多い。1番の後半には手拍子があり,児童らは曲に合わせて頭の上で手を打ち鳴らし,演奏を盛り上げていた。
 1曲では物足りないほどの感動的な合唱で,ぜひ次年度の4年生は,5,6年生同様,さらにもう1曲披露してくれることを望む(次年度以降の「まさき夢まつり」では,残念ながら3学年とも1曲だけの披露となっている。年度末の繁忙期で指導者側の負担もあるかとは思うが,地域住民にとっては本校の合唱を聴ける数少ない機会である上,児童にとってはたった1曲だけのためにわざわざ日曜に登校するのは勿体ない。1学年最低2曲は披露してくれることを重ねて要望する)。

5年生
ARUKI☆DASOU
ぼくらの地球
 5年生約150名による二部合唱。「ARUKI☆DASOU」では冒頭の部分のブレスの音が聴こえた。2曲目が始まるまでの約1分間,私語がほとんどなく,視線を正面に集中させて良い姿勢で待つことができていた。
 「ぼくらの地球」では各フレーズの最初の言葉や,「地球」,「いのち」などの子音「ち」が明瞭に発音できていたほか,英語の部分では「earth」を強調することができていた。地球を守ることの大切さを,表情や迫力で訴えることができていた。

6年生
すてきな自分と出会う道
君が明日(あした)と呼ぶものを
 6年生約120名による合唱。開始約20分前より集合を始めていた。「すてきな自分と出会う道」では,「どこまでも」の部分のクレッシェンドを感じた。口形が良い児童が多く,最後まで指揮者に視線を集中することができていた。
 「君が明日と呼ぶものを」は,2012年に岐阜県において開催された「ぎふ清流国体・ぎふ清流大会」のために作曲された曲。児童らは「君が」の部分のテンポの変化を表現できていた。また,最後の「アー」の部分では音価を十分に保ちながら頭声的に響かすことができていた。



沈黙の訴え
 屋内で披露された今回の合唱であるが,静寂(せいじゃく)な会場の雰囲気が要求される音楽会とは異なり,出入りや立ち歩き,雑談が自由な「祭」という性格上,会場は騒然としていたため,じっくり音楽に浸ることができたかというと,決してそうとは言い難い環境だった。
 そうした環境下では,ややもすると演奏者の側も緊張感が緩んでしまい,いざ合唱が始まると練習の成果が十分に発揮できなくなってしまう。しかし,そうした会場の雰囲気に惑わされずに颯爽(さっそう)とステージに登壇し,泰然(たいぜん)と合唱の開始を待つ児童らは,「自分達の築き上げた合唱を聴いてほしい」という,仲間との信頼関係に裏打ちされた堅固(けんご)な自信に満ちており,今回の合唱披露に対する並々ならぬ熱意を感じた。
入退場が予感させたもの
 正木小学校は児童数が岐阜県下最多ということもあり,1学年あたりの人数も筆者がこれまでに鑑賞してきた小学校の中では際立って多い(逆に最少の小学校は全校で3名だった)。人数が多いとステージへの登壇にも時間を要してしまいがちだが,どの学年も混乱することなく迅速に登壇することができており,入念な練習が反映されていると推測したと同時に,人数の多さに加えて入場する雄姿にも圧倒させられた。
 これまでに筆者は様々な学校の合唱を鑑賞してきたが,入退場にこだわっている学校は合唱そのものも感動的なケースが多かった。そのため正木小学校の児童が入場した時は,「感動的な合唱を披露してくれるかもしれない」と予感したのである。
 ある中学校の合唱祭を取材した時の事であるが,そこに招かれた講師は,自身が中学校の合唱部を指導していた時に最も練習したのが「入退場」だったと明かしていた。その講師は合唱コンクールの全国大会にまで導いた実績を持つだけに,その言葉には説得力がある。なお,入退場の重要性については拙稿「岐阜市立加納中学校文化集会」の中の最終節「入退場で伝える学級文化」を参照されたい。
多元的な価値観
 小規模校とは異なり,児童数が多いとそれだけ多種多様な価値観に接することになるため,合唱のような一体性,すなわち価値観の一元化没個性(ぼつこせい)が求められる活動はなかなか一筋縄(ひとすじなわ)ではいかないものである。しかしそんな環境下でもこれだけの名演を披露することができたのは,練習量はもちろん,大規模校だからこそ経験できる,多元的な価値観を持つ仲間との関わり合いの中で直面した困難や摩擦を乗り越えてきたからこそ成し遂げられたことなのだろう。まさに「多様性の中で育まれた一体性」である。


まさき夢まつりは2016年,2017年,2018年にも取材しています。その記録については,ご要望があれば掲載したいと考えていますのでご希望の年をお知らせください。


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【最終更新】2019年1月1日